・デジフロ感想・

・第50話「時を越えて!新たな伝説の始まり」・
白状すると、私は「最終回、子供が現実世界にきちんと帰って現実できちんと生きてくれるエピローグあればそれでいい!それ以外は望まん!欲を言えば輝一は生きててくれ!それだけだあああ」という心境でした。

笑い話になってホンッッッ(以下無限大)トによかった!



冒頭、サタンモードの何たらフレイム(けど私あれ実は排泄物に見えて仕方なくてヤなんだけど〜)により押し戻される皆。駅地下は既にデジタルワールドだったのか!?ボコモンやネーモンまでやってきたよ!?

ここの拓也の慟哭からデジモンとの語らい場面への移行は自然でよかった。
BGMがダバダバダバ〜♪で少々笑えて少々オファニモン恐怖を響かせて微妙でしたが(笑)

そのオファニモンの問いかけ 「戦いますか、それとも。」

このテーマがフロで最重要なんだな、と思った。「選ばれた」のでなく「選んだ」というのが。その心意気だけは買おう、というカンジにはなってしまったけど、それでまとまってくれたからヨシです。うん。あと深読みだけど「戦いますか」は、このそれぞれ他人に向き合えなかった子供らへの一つのキーワードだったような気がする。

そして全員ジョグレス。・・・一回きりのイベントに作画を作るのは面倒だったんだね・・・と思わず言いたくなったのは秘密です・・・(笑)

その内部、5人で輪を作って外向きにぐるぐる作戦会議、はワリと笑えたけどまあいいかなと思いました。二人のときそゆのが全然なかったのは逆に出来上がってるから・・・と、腐女子だろうと何だろうと言い切れたらどんなによかったか!いやそう考えよう!(不毛か!?(笑))

あ、サタンモードのルーチェの「この世界は我のもの!」な壊れっぷりは実は結構好みです。それまでルーチェの出番があまりに少ないので「壊れた」のか「もともとこうだった」のか解らないのが勿体ないなとは思うのだが。どうでもいいけど西原久美子さんのこういう悪役はスーパービックリマンのリトルミノスしか覚えてないけど負けず劣らずムゴイ最期だと思いました。リトルミノスの最期は今思い出しても胸が痛くなるというより悪くなります。いや、そんな別の話はいいんだけど、見方によってはアレよりムゴい気がしたあたりが自分的に凄かったのでちょっと書き留めたかっただけ・・・。

そのルーチェの特攻から子供たちを守り、トドメを刺してくれる十闘士。
・・・ちょっと過保護に見えなくもない。最初(オファニモン)から最後までお世話になりました・・・という感じだなー。
ゲートが閉じるからと放り投げる所は正直どっちかというと笑えた(笑)でもヴォルフモンの「行くのだ、我が友よ!」があまりにもツボだったので感動した(オイ)

ボコモンが別れを惜しんでくれるところは本来感動するところだしあったかい場面だとは思うが私は「もしかしたらデジタルワールドに骨を埋める気なのでは」疑惑がアニメディアのせいであったので気が気でないため放映時は「うるさい黙れ〜!」と思ってしまって仕方なかった。二度目に見たら、寧ろ必要な描写でした。ごめんねボコ。でもやっぱり君は不要とまではいかなくても煩さすぎました。

さて、これから最終回のハイライト。

輝一はまだ生きている!というレーベモンからの輝二への通信。そういうことは輝一に言ってやれよレーベモン、とかちょっと思わなくもないんだが(笑)何となく兄はそのへん頑なそうなのでレーベが何話しかけても耳に届いてなかったような気もする。兄の一見人懐っこそうな外見と裏腹の内面黒系人見知りはやっぱり好みでござりんす。いやレーベモンにはかなり気の毒なんだけどさ(笑)。

拓也が当然のように「時間が経ってない」と思ってるのが不思議・・・。
そして輝一落下現場に急行。22話(だったっけか)はここの伏線か。通行止めの器具に笑ったの私だけ!?(笑)チョークで人型描かれてなくてよかったと安堵したの私だけ!?いやもうそれよりもそれよりもそれよりも!

輝二の「兄さん」が!
そうか、君は感極まったら「兄さん」と呼ぶのか!!それはそれで使える!←何に(笑)

えー以下、照れ隠しに盛大にツッコミオンパレード〜。

集中治療室にて瞳孔開きまくりの兄(目を閉じさせろよ目乾くだろう医師!)
治療室にいきなり入る子供たち(普通入れない)
あまつさえ患者に近づく輝二(何故止めない医師)
そして泣きながら「帰ってきた!お前に会うために!」(どわあ!)
その姫の涙とデジヴァイスの力で兄さん復活。
感極まって泣きながら抱き合う双子に駆け寄る仲間。


どああああああああああ(笑)
病室の他の人絶対いたたまれねええええええええ(笑)


「輝一はフロの強すぎるカンフル剤」という自説でいくと、最後の最後でお薬の機能を取り戻してくれた感じ。ともかく輝二が泣いてくれたのがよかった!輝二は唯一泣いてない存在だったので、他の皆が自分の弱さを露呈し自覚し成長していく中で輝二だけはまだ殻が健在で成長のしようがない感じがあったのです。今回(喧嘩という形ではないにしろ)精一杯ぶつかって泣けたので、これで輝二はやっと変われるんだなあと思うとちょっと嬉しかった。・・・私的には拓也に泣かせてほしかったけど。でも私は双子好きでもあるからこれでもいい。
以下、その後の彼ら。

拓也
家族内で落ち着いてしまった・・・。私的にはサッカーしてる姿が見たかった。


合わせることを覚えて姐御になって皆といるのが愛しいとは。よいわ〜v

純平
空回りしなくなったんだなーと思うとホントに嬉しい。

輝二
継母を母と呼んで一つのわだかまりが解けたってカンジかな。
こうやって徐々に殻がほぐれていくといいな。コイツ「実は可愛い」系だから殻さえなくなれば友人だってできない子じゃないと思うからな。これからこれから。
「輝一と共に歩む」と言い切られて様々な意味で突っ伏した腐女子多数、のハズ。

輝一
俺の幸せは母さんの幸せ、
は素直に嬉しい言葉です。そう言いきれなかった輝一の描写が欲しかったけど今となってはもういい。実母が輝二に会えて嬉しがっていたのがまた嬉しい。輝二がそれを継母に言ってるかどうかは気になるが。

双子はある意味恐れていた兄弟完結になっちゃったわけだけど、あまりに初歩的段階なので思ったほど嫌じゃなかった。拓也には第二次性徴期に頑張ってもらおう(さり気に凄いことを言ってるのかもしれない)。

友樹
恐らくボスとして君臨しました(笑)。

「立場の再確認」が拓也と双子で、わかりやすく成長したのは他三人、の構図になりましたね。それもまたよし。

これで、心晴れ晴れに言うことができます。
フロが好き、と。
途中散々出来の悪さにうがうが言ったことは謝りませんがね(笑)



以下作品全体感想

作品という点からすると基礎設定の欠落っぷり(あったのかもしれないけど表現できなければ同じこと)や脚本家の横繋がりのあまりのなさ、それまでのデジシリーズに対する敬意への疑問、など、どちらかといえば穴の方がデカい気すらします。それは事実です。否定のしようがありません。

でも、デジシリーズ全体に言えることなんだけど、デジの子供には大変感情移入しやすい。作品的にヘボいと思ったときは「何でこうなるんだよ!?」と必要以上に憤るのもまた感情移入というか、憑依というか、その結果な気がする。

無印は原型なので言わずもがな。

02は前半は新しい子供にそれがなかなかできなかった。前半は無印の遺産でなんとかなってた。でもその前半で知らず知らず新キャラに馴染んだ所に賢という傑作が出てきて結果02は無印系の集大成になれた気がする。

テイマーズは子供への感情移入は最初からできた。(世界観がこっちに似てるからね(笑))ただ純粋にエンターテインメント観点のストーリー立てに問題があっただけで(それはそれで問題なんだが)、子供とデジモンに関してはきちんと描いてた。

フロは、テイマーズのように「デジモン世界」が別にあるわけでもない、無印と同じ立場の作品であったにも関わらず「デジタルワールド」の設定と表現を「それまでのシリーズで知ってるでしょ」と言わんばかりの手抜きで敢行してしまったこと、そして過剰なまでの現実世界の描写不足により子供の実像が全く(妄想ですら)つかめなかったことがかなり響いた。純粋にエンターテインメントとしても力不足だったため、何とか軌道に乗ったのが主人公と副主人公こと拓也と輝二がようやくぶつかってくれた21話。そこへ謎の兄が出て、子供の実情もわかってきて、「感情移入」と「エンターテインメントとしての話」双方が盛り上がったのが中盤。
その後本来最高潮に盛り上がらなければならないルーチェモン編が最高に盛り下がったために兄(つーか双子)を作中でかなり持て余したのが痛恨なのですが、終わりでどうにか兄も「輝二という副主人公キャラクターを生かす」役割を果たしてくれたので(死にオチだったら輝二はプチ加藤さんになってもおかしくない)、感想途中で言ってた『輝一不要論』は取り消します。今なら俺は「君にあえてよかった」と心から言える。


・・・ちょっと話がそれたけど、「デジモン」はそのキャラクターと一緒に視聴者側も旅をしてる感覚が強い気がしてならない。良くも悪くもそれぞれどのシリーズも、「見るだけ」では足りない所があると思います。(=結構目に見えて行き当たりばったりで緊迫感がある(苦笑))でも一旦入り込んでしまうと逆にそれがプラスになっている。想像の余地、とはまた違うんだけど・・・何と言うかきっちり定まってない分自由度があるというか・・・。フロは私にとってはそういう入り込みをした最初のデジなのでどんなにデコボコが激しくても捨てられないのだった。(最低限のラインというのはあったけど←子供が現実世界に帰ること)
人によっては「それは妄想だ、そんな楽しみ方は邪道だ」と言うかもしれませんし正直自分でもその辺りの区分けはできなかったりしますが。

ともあれ、やはり作品としての穴を認めた上で、でもやっぱり「フロ」は好きです。
行き過ぎないよう自制しながら、「自分からみたフロ」をこれからも表現していきたいと思います。

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