鉛色の空の下、冷たい風が吹く様になった。

乾燥した枝を拾いあげて抱える。

枝はカラカラと渇いた音を立てた。



― 言葉 ―



ヒュンケルの腕は結局完治しなかった。

骨は少々歪な形で落ちついて、剣を振る事は本当に不可能になった。

そしてそれはラーハルトの望んだ事でもあった。



だが、日常生活で不自由している姿を見ると胸が痛む。



片腕で苦労して木々を集める後ろ姿を見ながら、落ちつかない気分だった。



(遅かれ早かれ、、、こうなっていた。)



そう言って自分を納得させるしかない。




ラーハルトは背後からヒュンケルに近づいて行く。

足を止めた所で、ヒュンケルが振り向く。

顔には自分しか気づかないであろう、微かな笑みが浮かんでいる。



「、、、戻った。」

「ああ、、、。」



ヒュンケルはラーハルトの言葉に、苦笑しながら応えた。

一緒に暮らし始めてからかれこれ半年。

人目を離れ、『普通の暮らし』を手に入れた。

ラーハルトにとっては実に二十年ぶり。ヒュンケルに至っては、初めて。

人間の小屋を住みやすい様に改築して、出来るだけ人間らしい暮らしをしてみようと、、、



人間から逃れて、まだ人間達に憧れている自分達に呆れつつ、どこか安心した。

自分達がこの世界を救ったのはけして気まぐれでは無いと思えたから。



それでも人間の普通の暮らしとやらは中々難しかった。

ヒュンケルもラーハルトも平和な世界で生きるには不器用過ぎたから。





一緒に暮らし始めて半年経つ。

それなのにまだ、『ただいま』と、『お帰り』

そんな簡単な言葉を交わせずにいる。





どこかむず痒くて口に出せない。

柄じゃ無いな、と思いながら、赤くなる頬は隠せない。

こんな時、ラーハルトは卑怯だ。



身じろぎをしながら腕からこぼれそうになる薪を抱え直すと、それでも何本かが地面に落ちて渇いた音を立てた。

ヒュンケルが屈むよりも先に、ラーハルトが屈んで薪を集める。




「、、、、、、。」

ラーハルトは無言で立ちあがり、拾った薪を抱えた。

ヒュンケルは何をするでもなく、そんなラーハルトの姿をぼうっと見ていた。




「、、、ん。」

「ああ、、、。」




ラーハルトは顎で家の扉を示した。



”寒いから家に入ろう”






何を言いたいのか、言葉を交わさなくても自然と分かってしまう。

それでも




やはり自分達には致命的に言葉が足りない気がするのだ。










-------------















パチパチと火のはぜる音が耳に心地よかった。

ラーハルトは母との団欒を楽しむ余裕があまり無かったが、それでも暖炉の温かさを知っている。

狭い家で、着る物も食べる物も無くて、それでも燃やす薪を欠いた事は無かった。



母と二人で火を見つめながら、とりとめも無い会話をした。

村での事を話した事は無い。

山で見た動物の話や、珍しい植物の話。

母親は繕い物や編み物をしながら、相槌を打つばかりで、自分からは話さない人だった。

時々振り返って母の顔を見つめると、赤々と照らされた母の顔があった。

薄暗い部屋で見る母の顔は、不思議と美しく感じたものだ。






そういえば何も知らなかった。と、ラーハルトが呆然としたのはつい最近の事。

ヒュンケルと暖炉の火を見つめながら、思い出話などをしていた時の事だった。

ラーハルトは母親について話そうとして、人に話せるほど母親の事を知らない事に気付いた。



父親が魔族だった事は聞いている。隠しようが無い。

だが、自分が幼い頃死んだという事以外何も知らない。

母親に至っては自分の話に相槌を打つばかりで、愚痴すらまともに聞いた事が無い。

、、、よく出来た母親だったんだと思う。






それに気付いた瞬間の虚しさといったら無かった。

その時ばかりは母の出来の良さを恨んだ。

もっと自分に縋って、愚痴や恨みごとの一つでも吐いてくれていれば、きっと今笑って話せていたと思う。



ラーハルトは顔を顰めて黙るのがやっとだった。

こんな事で涙が出そうになるなんて。

顔を半分手で覆いながら、ふと視線に気づく。






ああ、そうか、突然の無言。

母親の話をするつもりで、俺は母親について何も知らなかった。




ラーハルトは一言『すまん』とだけ言った。

ヒュンケルはラーハルトの言葉に『そうか』とだけ。



こんな短いやり取りで何を悟ったのか。

ラーハルトは暖炉からヒュンケルの顔へ視線を移す。





暖炉の明かりに照らされたヒュンケルの顔は穏やかで満たされていた。

一連のやり取りに何の疑問も抱いていない。






、、、母さんと同じ顔をしている、、、






尚もラーハルトが見つめていると、切れ長の目が優しい光を帯びて見つめ返してくる。

幼い子供を慈しむ様な、静かで穏やかな眼差し。







その時ラーハルトは、無性にヒュンケルと言葉を交わしたい気分になった。

もっと正しく言えば、ヒュンケルについて知りたいと思った。








-------------







タイルを貼って作った簡素な水浴び場で身体を洗いながら、ヒュンケルは隙間風に身を震わせる。

古傷が引き攣って小さく声を上げた。

身体が軋むのを感じる、、、






そういえば固い床の上で眠るのが辛くなった。

贅沢に慣れた。という訳ではないと思う。

歪んだ腕を眺めてぼんやりとラーハルトの事を考える。






言った方がいいのだろうか?

日々感じている、些細な事を。

気にしなければ別にそのままでも暮らしていける。

だけど気にして暮らせばもう少し長くラーハルトの傍に居られる気がして。






ヒュンケルの父親は屍に再び命を与えられた不死者だったから。

病気によって大切な人を奪われるという事に、いまいちピンと来ない。






けれどもそれは暴力によって一瞬で奪われるよりも残酷な事かも知れない。
どんな気分だろう。大事な人が、自分の傍でゆっくりと衰弱していくのを眺める日々は。



そんな事を考えていると水浴び場の冷やりとした空気が背筋をなぞって行った。

慌てて温かい湯を被って泡を洗い流す。

ふっくらと空気を含んだタオルで身体を拭いながら、やはりきちんと話そう。と、決意する。







-------------







水浴び場から居間に戻って来るとラーハルトが酒瓶を開けていた。

グラスをきちんと二人分用意してくれている。

そんな僅かな事で満たされる。

薄く笑みを浮かべて立ちつくしていると、『さっさと座れ。』と、叱られた。

彼の隣に座って暖炉の火で暖まりながら、酒を飲む。

一日の終わりに贅沢で満たされた時間。



取りとめの無い、あたりさわりの無い話をしていると、アルコールが身体に回って来て良い気分になった。

申し分無く幸せだ。

これ以上幸せになる必要があるのだろうか?



火を見つめながらそんな事を思う。



「ヒュンケル。」

名前を呼ばれて、ラーハルトの方を向く。

優しく頬を撫でられ、そのまま唇を塞がれた。



ふわふわと良い気分だった。




(、、、今日は止めよう。)






身体が軋むなんて、そんな些細な事はどうでも良くなった。

それよりも早くラーハルトと抱き合いたくて。





相手の呼吸を奪う様な口付けの後で、ラーハルトの目を見つめる。

真剣な色の瞳に身体が熱くなった。





「愛してる。」





彼の耳元でそう囁くと、きつく抱きしめてくれた。

歪んだ腕でこちらも苦労しながら抱き返す。



ラーハルトは知っているのだろうか?







一緒に暮らし始めて半年経つ今でも、ラーハルトに言えていない。

だけど、





(愛していると、言える様になった。)






それだけで十分な気がした。














-------------
近似値キリ番を差し上げたら逆に貰っちゃいました!
もどかしいのかラブラブで目も当てられないのかどっちなのか解らないって凄い(笑)それにしても何故受ヒュンには母親の匂いがするしてしまうのか力の限り謎である!公式でもヒム相手にそうだったし別にファンの間違った解釈じゃない筈なんだ!
…と、うっかり力入れて違う事を語ってしまいましたが(笑)、いやあありがとうございました!(土方聖架)