鎧の同盟

魔王軍との戦いが終わって、もう数ヶ月がたつ。
ヒュンケルと共に主君を探す旅に出たラーハルトは、旅に必要な細々とした物資を補給するために、とある山間の村へと立ち寄った。
そこは特筆すべきことなど何もない、平凡な田舎の集落だった。
いかにも農夫然とした朴訥な村人達が畑を耕し、夕日を浴びながら牛や鶏を追う。
思わずあくびしたくなるような、のんびりした空気が村全体に満ちていた。
夕焼けに染まった村を見て平和だな、と呟く銀髪の相棒にそうだなと気のない相槌を打ってやりながら、ラーハルトは村全体を素早く値踏みしていた。
貧しすぎず、かと言って特に豊かというほどでもなく。
田舎の村としてはごくごく標準的な活気がある。
地理的にもこの村は街道の拠点となっているため、よそ者への警戒心があまり高くない。
先程雑貨屋で旅に必要な物をいくつか買い整えたが、肌の色が違うラーハルトに奇異の目は向けられたものの、とくに敵意と言えるようなものは感じなかった。
これならば、とラーハルトは心の中だけでひとりごちた。
この村ならば、大丈夫そうだ。
「ヒュンケル、今日はこの村に泊まるぞ」
「わかった」
共に旅をするようになって知ったが、基本的にこの相棒は、日常生活レベルで自己主張するということがない。
それがラーハルトにとっては楽な反面、少し物足りないとも最近思う。
思うだけで、間違っても口には出さないのだが。
ヒュンケルと共にラーハルトはあらかじめ目星をつけておいた宿屋に入った。
雑貨屋の店主からこの宿の女将は愛想がいいことと、今朝発った旅人が数人いたから空室があることをすでに確認済みだ。
ラーハルト自身は正直人間の宿になど泊まりたくはないのだが、最近少し相棒の体調が気になる。
どれほど疲労していても弱音を吐かない男だからこそ、無理をさせないようラーハルトが気をつける必要がある。
本人は育った環境がかなり特殊だったためか、人と接することに慣れておらず、あまり町や村へは行きたがらない。
とはいえ傷めた身体で野宿を続けるにも限度がある。
あまり露骨に魔族に敵意を向けてこない、安全そうな村でたまには相棒をゆっくり休ませてやりたい。
この村の宿は、建物は古いが隅々まできちんと手入れされていて、雰囲気は悪くなかった。
二人が入った時、いかにも善良な働き者といった容姿の宿の女将は、入り口の脇の小窓をせっせと磨いていた。
「二人だが、部屋を頼む」
入り口でラーハルトに声をかけられた女将は一瞬ぽかんと見つめ、次いで忙しく視線をあちこちへ飛ばしながら、残念そうな口調で言った。
「あいにくとお客さん、すみませんが今日は部屋が空いてなくってねえ、一人分ならなんとかできるんですが・・・」
いかにもすまなさそうに言いながら、宿の女将はラーハルトのそばに立つヒュンケルを、ちらりと横目で見た。
その目に浮かんでいたのは。
不審と好奇と卑屈な媚びと。
そして異質な生き物を面白がる、ささやかすぎる小さな悪意だった。
その目を見た瞬間、

ラーハルトの中で何かがぷつんと切れた。

「・・・お前だけでも、泊めてもらえ」
かろうじて平静を装った声は、いつもよりわずかにかすれていた。
ラーハルトはそのまま、振り向くことなく足早に宿を飛び出した。
暮れなずむ村の中を、ずかずかと大股で歩く。
村人達は暗くなる前に自分の家に帰ったのだろう。人の気配はどこにもない。灯りのともった家々から、空腹を刺激する夕餉の良い匂いが漂い、時折談笑の声が聞こえてくる。
けれどもこの村の中に、ラーハルトの居場所はない。
そして自分の相棒の居場所もまた、ない。
後ろでヒュンケルが必死に名を呼んでいるのが聞こえたが、足を止めることができなかった。
そのまま村外れの森の中へ、脇目も振らずに突っ込む。
西の空にはまだ夕焼けの名残が残っていたが、鬱蒼とした森の中は暗かった。
普通の人間なら難儀するだろうが、魔族の血をひくラーハルトは人間よりもはるかに夜目がきく。
この程度の暗さなら歩くのに何の支障もない。
そのまま歩を緩めることなく薄暗い森の中を突き進んでいると、後ろからばきばきと派手に茂みと枝が折れる音が聞こえた。
ラーハルトの足が思わず止まる。
振りかえると、木の根に足をとられたヒュンケルが茂みの中に倒れこんでいた。
無言のまま腕をつかんで助け起こすと、相棒は小さな声ですまないと呟いた。
「いちいち謝るな」
「それでもオレは・・・お前にすまないと思う。オレは、・・・人間だから」
紫色の瞳に、哀しみだけが満ちていた。
「お前はオレの体を気遣って、宿に泊まろうと言ってくれたのだろう。だがそのせいでお前があんな扱いを、」
「もういい!!」
溢れる激情を抑えることができず、ラーハルトは怒鳴った。
怒りの感情が、頭の中を白く焼く。
銀髪の相棒は、薄闇の森の中で立ち尽くしている。
心から哀しみながら。
けれども彼が本気で哀しんでいる、そのことがそもそもラーハルトの怒りの原因だということに、悲しいかな、当の本人は全く気づいていないのだった。
ラーハルトにとって、人間に差別されるのは幼少のころから当たり前のことだった。
今更怒るようなことではない。
それが好奇だろうが、畏怖だろうが、嫌悪だろうが、軽侮だろうが、嘲笑だろうが、憐憫だろうが、もはやどうでもいい。
とうの昔に慣れてしまったし、ラーハルトにとって人間など一部の例外を除いてただの屑でしかない。
その希少な例外が目の前にいるのだが、彼は今、ラーハルトが不当な扱いを受けたという事実に心から傷ついているようだった。

お前は優しすぎる。
不当な扱いを受けたのは、お前の方だというのに。

宿の女将がヒュンケルを見た、あの目。
まるで曲芸をする珍奇な生き物を見たかのような目に、ラーハルトは激しい怒りを感じたのだった。
人と異なる青い肌の自分が、おかしな目で見られるのはある意味仕方がない。
見た目が違うのだから、納得はできないが諦めはつく。
だが魔族の血を引く自分と一緒にいるだけで、純血の人間であるヒュンケルまでもが人間達に奇異の目で見られてしまう。
それがラーハルトにとっては何よりも腹立たしく、口惜しく、そしてどうしようもなく情けなくてたまらなかった。
遠い昔。
ラーハルトを慈しんでくれた母は、同じ種族の人間達から迫害された。
まだ幼かったラーハルトは、大切な人を守ることができなかった。
あれから十数年。
誰にも負けぬように強くなりたいと願い、槍ひとつで大魔王とも戦えるまでになった。
なのに。
未だに大切な存在を、自分と共に在るというだけで傷つけてしまうのであれば。
どれほど槍術の修行を積もうとも、無力だった子供の頃となにひとつ変わりがない。
「・・・オレと共にいるだけで、人間達はお前までオレの同類だと見なす。だがお前は人間だ。オレとは違う」
夜の気配が濃くなってきた森のどこかで、梟が鳴いている。
ひどく静かだった。
「お前は・・・オレとは違う」
自分がどうしようもなく惨めに思えて、ラーハルトはうつむいた。
オレはこいつ一人、守ることができない。

「違わない。オレはお前と、同じだ」

ラーハルトは思わず顔を上げた。
いつの間にか、昇ったばかりの月光が森の中に差し込んでいた。
その淡い光を浴びながら、ヒュンケルは真っ直ぐな眼差しでラーハルトを見つめていた。
「オレの育ての父は人間ではなかった。オレの魂の半分は紛れもなく人間だが、もう半分は人ではない。けれどもオレにとって父から受け継いだ魂は、大切な誇りだ。捨てたり隠したりするつもりはない。ほとんどの人には理解してもらえないだろうが、自分の友にはわかって欲しいと思う。
・・・そう思っては、いけないだろうか」
「ヒュンケル・・・」
「オレはお前と同じでありたい。何故ならお前は誰よりも強く誇り高い戦士で、オレもまた戦士なのだから。たとえ戦えない身になろうとも、オレはお前の横に立つのに相応しい、お前と同じ戦士であり続けたい」
ヒュンケルの言葉が、ラーハルトの胸の奥の一番柔らかな部分を揺らした。
やり場のない怒りと苦悩でぐしゃぐしゃに乱れていたラーハルトの中から、温かく輝く何かがゆるやかに溢れてくる。
そう。
お前がそういう男だから。
だからオレは、
「・・・立つのであれば、横ではなく後ろに立て」
「オレはお前に守られなければならない、か弱い姫君ではないぞ」
「わかっている。だからお前はオレの後ろに立て。・・・オレの背中は、お前に任せる」
たとえ戦えない身体になろうとも、お前になら背中を預けることができる。
何よりも、お前はオレが一方的に守ってやらなければいけない存在などではなかった。
この男は誰よりも優しい心を持ちながら、同時に不屈の闘志を持ち合わせた恐るべき不死身の戦士なのだから。
「いざという時は、お前が鎧の魔槍をまとえ。たとえ戦えずとも鎧を装備していれば、受けるダメージを減らせるだろう」
「その槍は、お前のものだろうに」
「そうだ。この鎧の魔槍はオレのものだ。だがこいつはお前のことが気に入っているらしい」
ラーハルトにとっては自分の手足にも等しい武器だが、この友の身を守るためならばむしろ積極的に使って欲しい。
だからこそかつて一度死を迎えた時、彼に託したのだ。
「鎧なしで、お前はどうするのだ?」
もっともなヒュンケルの疑問に、ラーハルトは鼻で笑った。
「槍ひとつあれば十分だ。そもそもこのオレに攻撃を当てられる者など、この地上のどこにいる?」
不敵で高飛車なラーハルトの物言いに、ヒュンケルは苦笑した。
「そうだな。確かにお前に鎧はあまり必要ではないかもしれんな」
「むしろ邪魔なくらいだ。だからお前はもしも今後戦う必要に迫られたら、この魔槍をまとうと誓え。お前は戦士だからな。これは対等な戦士同士の同盟だ」
「わかった。お前の同盟相手として、その盟約、必ず守ると約束しよう」
同盟、などという大仰な言い回しでしか、ラーハルトは自分の気持ちを伝えることができない。
けれどもヒュンケルには、十分すぎるくらいに言いたかったことが伝わっているようだった。
「今夜は野宿にするぞ、ヒュンケル」
「わかった。・・・こんなに月の綺麗な夜ならば、野宿の方がオレもいい」
いつの間にかすっかりいつもの調子を取り戻したラーハルトと共に、ヒュンケルは微笑みながら夜の森の中を歩く。
満月には少し足りない欠けた月が、青白く二人の行く先を照らしていた。




著者コメント

・・・これが初書きラーヒュン小説!この小説を同盟参加記念にラーヒュン同盟に捧げます。 もちろんお題は「同盟」で。でも書き出してからちょっぴり後悔。しまった、このお題はシリアスで落とすのが意外と難しい・・・!
すみません、修行してから出直してきます。まずはアバンの書を丸暗記から。
要するにこの話のオチは、「強化修復後の魔槍まとったヒュンケルが見てみたいんだけど、なんらかのきっかけがないと言い出せないラーハルトはツンデレだよね」ってことで。


土方感想
おおお!二人とも戦士たるべしと男らしいのに(或いはだからなのか)何故か微笑ましくて可愛いよ!(萌)
素直に守られない戦士の精神のヒュンケルがツボです!それを納得させて守るラーさんが男前です!
案外ヒュンケルは「ちょっと鎧化してみせて」と言ったら素直にしてくれるかもしれませんな。(ラーハルトが言えんだろうが)ストレートな切り口に騙されやすい人だと思うんだ…守るの苦労しそうだなあー頑張れラーハルト。

<→TOP>