無敵の武器屋は素敵なアイツ

第一話「森の中の彼と彼」





風が木々を揺らす音に紛れて、かすかな人間のうめき声が聞こえた。
聞き間違いだろうか。
疾走していたラーハルトは足を止め、耳を澄ませる。
どこか苦しげな息遣いが、すぐ近くから聞こえた。
こんな森の奥深くに、自分と相棒以外の人間がいたとは予想外だ。
気乗りはしないが、無視することもできない。
行方不明中の主君がこの場にいたなら、必ず助けようとするはずだ。
そして焚き火の番をしている相棒も、絶対にこの状況で無視などしないはずだ。
狩猟の続行は諦めるしかない。
新鮮な肉を手に入れたかったのに、残念だ。
ラーハルトは九割の義務感と一割の好奇心で、声が聞こえた方向の茂みを手にした槍先で、無造作にかきわけた。
途端に目の前がいきなり開けた。
下からの突風が顔に当たる。
そこには唐突すぎる断崖絶壁が、足元すぐ近くに存在していた。
ただし崖と言ってもかなり低い。
ラーハルトの感覚では、単なる段差でしかない。
だがごく普通の人間は難儀するだろう。そして身体を傷めた自分の相棒も、よじ登るのにきっと苦労するだろう。
高さ的には、せいぜいラーハルトの身長の二倍程度でしかないが。
そしてその程度の崖をよじ登れない人間が、へたりこんだままぽかんと口を開けて、真下からラーハルトを見上げていた。
種族は人間。年齢はおそらく四十になるかならないか。地味で質素な服装や手にした普段使いの籠から推測すると、おそらくこの森を抜けた先にある村の住人だろう。
ただしラーハルトにとって重要なのは、相手の性別が女性だということだった。
男だったら雑に扱うが、相手が女であればラーハルトも一応配慮くらいはする。
自分の相棒のようなフェミニストにはなれないが、女に対して手荒な真似をする気はない。
ただし時と場合と相手がどんな女なのかによって、対応はかなり変わる。
真下にいる女性は、派手ではないが清楚で優しげな顔立ちだった。
どちらかというと美人と呼ばれる部類に入るだろう。
泥に塗れた普段着を、もう少し仕立ての良い衣装に着替えさせたら、かなり見違えるようになるかもしれない。
けれどもこういう善良そうな人間が、一番油断ならないということをラーハルトはよく知っていた。
無表情で崖の上から見下ろす。
相手の本質を見極めることは、戦士にとって重要だ。

「・・・。」

ささやかな高さの崖の上と下で、ラーハルトはしばし見知らぬ人間の女性と無言で見つめあった。
無言の間をさらうかのように、風だけが強く吹く。
周囲の木立がざわめいた。
少々の時を経て、女性の方が遠慮がちに話しかけてきた。
「あのう・・・通りすがりの方にお願いして申し訳ないのですが、もしよかったら少し手を貸して頂けないでしょうか・・・?」
ラーハルトは幼い頃から世間の荒波に揉まれてきたので、人を見る目に多少の自信はある。
だからこそ一度死を前にした時も、大切なモノを託す相手を間違えずに済んだのだ。
今も、また。
冷徹に観察してみたが、この中年女性からは肌の色が異なる自分への悪感情を全く感じなかった。
大抵の人間は魔族に対して、多少は怯えたりするものだというのに。
珍しいこともたまには起こるものらしい。
どうやらこの人間の女性は、自分が助けるに相応しい相手のようだ。
ラーハルトは七割の義務感と三割の好奇心から、軽やかに飛び降りた。
無音の着地。
降り立つと同時にへたり込んだまま動こうとしない女性の足へ、素早く視線を走らせる。
「その足の怪我を、少し見せてもらってもいいか」
「え、あ・・・はい」
ラーハルトは片膝をつき、細心の注意を払いながら相手の足首を調べた。
右は細いが、左は変色して腫れている。
「折れてはいない。捻っただけのようだな。数日安静にしておくか、あるいは回復呪文の使い手に頼めばすぐに癒えるだろう」
そしてラーハルトは、高貴な姫君のようにその女性を抱き上げた。
右手に愛用の槍を握ったままで、器用にバランスを取る。
危なっかしいところは微塵もない。
そのままふわりと崖の上に舞い上がる。
「この先の村の住人だな?そこまで送ろう」
「ありがとうございます、あの、でも・・・」
「何だ」
「重たくはありませんか?」
真剣な問いに意表を突かれたラーハルトは、珍しく愉快な気分になった。
走り出した自分の足が、いつもより軽い気がする。
「この程度で重いなどとほざく男は、戦士にはなれんな」
「息子にはこの前、重いって言われてしまったんです。やっぱり戦士の方は違うんですね」
その言葉を受けて、ラーハルトの脳裏に亡くなった母の面影がよぎった。
どこがどうとは言い難いが、何故か目の前の女性と初対面の気がしない。
これはやはり、自分の母に似たものを感じるせいだろうか。
抱きかかえた温かく柔らかな肉体に、欲望ではなく懐かしさを刺激される。
ラーハルトの胸の奥底で、大事な思い出の数々が羽毛のようにふうっと浮かんだ。 「・・・親不孝な息子だな。腕力を鍛えるべきだ」
腕の中の女性は風に乱れる黒髪を押さえて、穏やかに微笑んだ。
「あの子は私の夫にもその友人にも、同じことを言われていました。・・・夫の友人は貴方と同じ、魔族の戦士なんです」
ラーハルトの足が、思わず止まりかけた。
歩を緩めながら、自分が抱きかかえる相手の顔を、至近距離で見つめる。
見つめ返してくる黒い瞳の中には、確かな温もりが存在していた。
「だから、か。魔族に無用な怯えを抱かぬ人間は、珍しいと思った」
ラーハルトが心を許した友は、極めて貴重な例外なので除く。
彼以外でこうした人間は、少数派なのだ。
「私は以前にもこの森の中の違う場所で怪我をして、動けなくなったことがあったんです。助けを呼んでも誰にも聞こえないようなところでしたし、どんどん暗くなってくるし・・・そんな不安と恐怖で一杯だった時に、私はあの方に出会ったんです」

・・・最初は村の中の誰かが運良く通りがかったのかと思った。
しかし目の前にふらりとあらわれた男は、人間とは異なる青い肌の持ち主だった。

「魔族に会うのは初めてで、私はもうどうしていいのかわからなくて、ぼうっとしていたんです。そうしたらその方は、私を抱えてわざわざ村まで運んで下さって・・・」

丁寧に怪我の応急手当までしてから運んでくれたのに、礼など何ひとつ受け取ろうとしなかった。
けれども頑固で気難しい自分の夫とは何故かひどく気が合うようで、二人は時折酒を酌み交わす仲になった。

「私はそれまで世間知らずで、魔族って何だかよく知らないけど怖い存在だって思い込んでいたんです。でも夫とその方が楽しそうにお酒を飲んでいる姿を見たら、自分の勝手な思い込みがひどく恥ずかしくなりました。貴方は少しだけ、その方に似ているんです。種族とかではなくて、雰囲気のようなものが・・・上手く言えませんけれど」
「・・・その男は、武人の誇りを持った戦士なのだな?」
「ええ、とても立派な方です。彼が戦士として稽古をつけているところを見たことがありましたが、素人の私が見ても驚かされました」
ラーハルトの口元から、自然に笑みが零れ落ちた。
誇り高い武人の存在は、種族を問わず気分が良くなる。
「それほどの戦士ならば、会ってみたいものだな」
腕の中の女性は、困ったように眉根を寄せた。
「夫の紹介ならきっと会って下さると思いますが・・・けれども今は戦士ではなくて、怪我をして本業に戻っておられます。お弟子さんに武器の作り方を教えるので、お忙しいみたいです」
ラーハルトの足が、止まった。
自分の両腕は、見知らぬ中年女性の存在で埋まっている。
そして自分の左手は空いているが、右手は塞がっている。
今更言うまでもないが、愛用の武器によって。
「その男は、本業が武器を作る職人なのか?」
「はい、そうです」
「怪我をして今はもう戦えないのか?」
「はい、何でも魔王軍との戦いで大怪我をされたんだそうです」
「この先にある村の名は、ランカークスという名で間違いないか?」
「はい、小さいけれどいい村ですよ」
ラーハルトは間近で自分が抱きかかえる女性の顔を覗き込んだ。
この黒い髪と黒い瞳と優しげな顔立ちに、何故か見覚えがある。
何故見覚えがあるのか、その理由はようやくわかった。
よく見れば自分の母親ではなく、全く別の人間に似ている。
そして彼女をかつて助けた魔族が誰なのかもわかった。
伝説の名工がこんな中途半端な場所に住んでいる理由は、ひょっとしたら意外な出会いがその何割かを占めているのかもしれない。
この女性を助けて本当によかったと思いつつ、ラーハルトは聞く必要がない質問をあえて口にした。
「息子の職業は、戦士ではなくて魔法使いだな?」
「どうしてわかったんですか?」
「オレの知る世界で一人しかいない魔法使いに、顔がよく似ている。自分の母親も軽く抱き上げられんとは、情けないヤツだ」
大魔王の火の鳥を、軽く引き裂くこともできるくせに。
あの親不孝者め。
やはりあいつは兄弟子の方と違って、尊敬できん。
とは思ったが、口には出さない。
その代わりにラーハルトは、走る速度を一気に上げた。
今度会ったらあの大魔道士に、もっと自分の母親を大事にするよう言ってやらねばなるまい。 自分が助けた女性の正体を完全に理解したラーハルトは、大魔王とも渡り合った素早さでランカークス村へ向けて急いだ。

***

同じ頃、森の中の別の場所にて。
焚き火の番をしていたヒュンケルが、何匹ものスライムに囲まれていた。



☆次回予告☆
思いがけない激戦により、絶体絶命の危機に追い詰められたヒュンケル!だがそこへ意外な人物があらわれて・・・!?次回「死闘!魔剣戦士復活の時」お楽しみに!!(つづく)





・・・冒頭のキャラがヒュンケルだったら、きっと十割の親切心で助けてくれたと思います。魔界の名工は五割が気まぐれ。ラーハルトの親切心は、一人を除いて基本的に零割です。
そしてこの連載の次回予告は、ジャンプ仕様となっております。
だまされたと思って、この予告を信じてみて下さい。
もちろん次回の文章を読んだ瞬間に「だ、だまされた!本当にだましやがったなこの駄文書き!!」と心の中で絶叫する展開まで含めて、ジャンプ様式を忠実に再現した仕様となっております。


土方感想
スライムにかこまれたヒュンケルに萌えまくった私はもう駄目かもしれない(今更!)。そしてラーさん可愛い。ロビタさんのラーさんなら息子に欲しい(自分のはのーさんきゅー(爆))。

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